知花竜海の音楽凡楽

ロック・レゲエ・ヒップホップ・沖縄民謡などをチャンプルーしたサウンドに、言葉遊びと深いメッセージをちりばめた歌詞で新世代の沖縄音楽を創り続けるミュージシャン/プロデューサー知花竜海(DUTY FREE SHOPP.)が、活動情報や日々のつれづれなどを書いていきます。

ミュージシャンは食えるのか、その10。バンドへの退路、執着を断つ(前半)

米須雄作とサキマジュンというマルチプレイヤー二人と出会いトリオ編成で数々のステージを共にした事は自分にとって大きな財産となった。

もちろん、恐る恐るだがバンドに発展する可能性もこっそり期待した

二人は自身のバンドやアーティスト活動もある上に色んな人のサポートで引っ張りだこのミュージシャンだし、なかなか金にならない僕のバンドに専念させることは出来ない。

もちろんお金だけの問題じゃなくて、バンドというものは音楽性だけでなく、経済的なこと、スケジュール、性格の相性、それぞれの人生のタイミングなど、色んな要素が複雑に絡み合って奇跡的に成り立つものだ。逆にこれらの要素がひとつでもずれたら成立しない。

僕自身もまがりなりにも音楽で食っている以上、今は一人でいっぱいいっぱいでバンド活動に舵をきる経済的ゆとりは無い。バンドは夢だ。だからたまに廻って来るご褒美のようなボーナスのような時間がたまらなく愛おしい。一緒に演奏して下さる皆さんには感謝しかない。

今日はそんな、自分のバンドへの退路が断たれたことを明確に自覚するきっかけとなった2015年のODDLANDフェスについて書く。

その時僕は米須雄作とサキマジュンの二人が所属するインストバンド「ヒカリトカゲ」をサポートメンバーとして迎え、正式メンバーは自分だけだがDUTY FREE SHOPP.というバンド名義での出演を予定していた。

実はDUTY FREE SHOPP.名義での出演はフェスの主催者であるタマナハユウが提案したものだ。ソロではなく、DUTYとしてだったら出て欲しい、と。僕は迷った末に、一人でDUTYを名乗り、バックバンドをつけた編成でやろうと思う、と元のメンバー達に電話で伝えた。バンドを一から組み直すのは難しいが、既に成立して活動しているバンドなら、初期段階をすっ飛ばして本題に入れる。しかも既に二人は僕の曲を覚えている状態。やれるなら今しかない、と思った。あくまでヒカリトカゲにはサポートとしてバックバンドを依頼する形だったが、これを機にもう一度バンド人生に戻れるかもしれないという最後の期待をかけて半年間準備してきたた。

ところが当日の天気は大荒れ。一番大きいステージで演奏予定だった僕らの出番は、音響担当責任者の現場判断で、まさに僕の目の前で中止になった

今日はここまで、次回に続く

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【今日の動画】

「うちなーぐちで歌ってみた」動画第二弾 デイ・ドリーム・ビリーバー 
ついに目標の1000PV越えました!目標達成したので、子どもたちにご褒美に電子工作キットを買ってあげたいと思います。
次の曲の目標は倍の2000PVに設定します!頑張るぞー!!
引続き皆様、YouTube画面でイイネ!よろしくお願い致します!

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ミュージシャンは食えるのか、その10。バンドへの退路、執着を断つ(前半)
↓NHK-FM「沖縄ミュージックジャーニー」出演時のインタビュー動画


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